灰色の瞳

「灰色の瞳」1974年に発売された加藤登紀子さんと長谷川きよしさんの歌です。


うちで父か母がよく聞いていたんだと思うのですが、メロディを大人になってもしっかり覚えています。


この歌を、今日YouTubeで見付けました。

すごく懐かしくて、でも、寂しいメロディの歌なので少ししんみりと、聞きました。


で、一緒に見付けたのが、この歌のカバー。

なんと、椎名林檎さんとスピッツ草野マサムネさんが歌っておられました


雰囲気は少し違ったものの、とても素敵なカバーでした


加藤登紀子さんの歌は好きなものが多いです

北の国から」で挿入歌として使われていた、「百万本のバラ」は一聴き惚れしました


見返りを求めない一途な愛 ううぅ(T-T)

 

幼い頃に聴いた歌って、すごく残っているというか、今の自分の音楽の好みなんかにも影響しているのかもしれませんね


いつも音楽が流れていました

ケメ子の歌とか、帰ってき来たヨッパライとか、面白い歌も流れてました

レコードの回転数をワザと変えてもらってゲラゲラ笑ってました

懐かしいなー

 

とか言いつつ今は大橋純子さんを聴いてます


昔の歌は名曲が多いなー


洋楽も、70年代80年代のものが、1番好きです


今も勿論、良い歌はたくさんありますけど

 

涙腺崩壊

元々、泣き虫なんですが

最近、以前にも増して涙腺が弱くなった気がします


少し前、あるマイミクさんが高校生時代の切ない想い出を日記に書いていらっしゃいました


それを読んだ後に「2009 FNS歌謡祭」を見ていたら、岩崎宏美さんと一青窈さんがお二人で岩崎さんの「思秋期」という歌を歌っていらっしゃって、なんだか歌詞がその日記と被って、泣きそうになりました(・_・、)


青春はこわれもの 愛しても傷つき
青春は忘れもの 過ぎてから気がつく・・・
誰も彼も通り過ぎて 二度とここへ来ない
青春はこわれもの 愛しても傷つき
青春は忘れもの 過ぎてから気がつく


ねぇ 切ない歌詞でしょう?


で、そこではなんとか泣かなかったんですが、平井堅さんですよ(T_T)


毎回思います(T_T)

反則だろ(TωT)

と・・・


歌われた歌は「僕は君に恋をする」です。

映画『僕の初恋をキミに捧ぐ』の主題歌です。


さよなら、ありがとう、好きだよ、好きだよ
さよなら、笑ってよ、泣くなよ、バカだな
・・・
僕がいなくなっても消えること無い
恋色に染まる心、君とみつけた・・・
さよなら、また会おう、ごめんね、好きだよ
さよなら、笑ってよ、怒んなよ、バカだな
恋しい 苦しい、愛しいじゃ足りない
・・・
さよなら、ありがとう、好きだよ、好きだよ
さよなら、笑ってよ、泣くなよバカだな
・・・
さよなら、また会おう、ごめんね、好きだよ
さよなら、笑ってよ、怒んなよ、バカだな
恋しい 苦しい、愛しいじゃ足りない
何度も、何度でも叫ぶよ 好きだよ
さよなら

 

 


アカーン


「さよなら、笑ってよ、・・・バカだな、恋しい、苦しい、愛しいじゃ足りない」でも、もうウルウル(T^T)きてたのに、最後の最後の さよなら~

 

で・・・ドバー(┬┬_┬┬)

 

歌聴いただけで泣いてしまうんやから、絶対映画見に行けないな・・・

 

もー

昔は悲しい映画は泣くつもりで行ってたけど、最近はダメですねー 心が持ちません

オバチャンになったんかなぁ (笑)

感情表現

自分で思っている私像は、感情を表に出さずいつもクールな・・・(日記とかは別ですよー(笑))

感じだと長年、思って来ました。


人見知りだし、恥ずかしがりなので、色んな事を顔に出していないつもりだったのですが(-∀-)

最近、どうやらそうでも無いらしい事を自覚し始めました(遅っ)


そう思っていたら思い出した事が幾つか
( ̄▽ ̄;)

 

中学1年の時、歴史か何かの授業で、民族によって文化だけでなく性格も違うという話の時、先生が「ゲルマン民族は喜怒哀楽が激しい・・・」とおっしゃったトタン、前に座っていたT君が振り返って、笑いながら「お前、ゲルマン民族やったんか 」と・・・

その時は「違うわー! 誰がゲルマン民族やねん!」

とか言ってましたが、今その頃の自分を思い起こすと、ゲラで(これは今もですが )悔しいとすぐ泣いて、変に正義感が強くて、友達の事なのにまるで自分の事の様に怒って 好きな人には「好き好き」言って、クラスの男子に「協力してなー 」とか平気でのたまわり

 

ホントに 手に追えないバカタレだったなと

 

ですが、そんな私も中3くらいからはもう落ち着いて(ゲラは治りません(笑))いたとずっと思っていたんですが、・・・

 

23歳ぐらいの頃、職場の友人二人に「手の平見せて 」と言われたので、見せたところ、二人が大笑いしているので、何かと思ったら「親指の下の膨らんだ部分に細かい線が、たくさんある人は感情が豊からしいねんけど、うにゅさん、線いっぱいあって、そのまんまやなーと思ってー(ノ><)ノゲラゲラー」・・・

 


と ・・・

 

え?ウソやーん

そんなに顔に出して無いやーん

 

とか思ってましたが・・・

そう言われた、って事は出てたんでしょうね(//△//)


・・・って事は・・・今も・・・治ってない確率高し・・・orz

 

いやーん(~_~;)


良い歳こいて、どうしましょう

 

息子もかわいそうな話を聞くとすぐ泣いて、ものすごいゲラです


私のDNAなのね


ごめんよー( ̄□ ̄;)

 

あぁ・・・落ち着いた人に・・・

 

なってみたかー」(`O´)」

歌~♪

時々、無性に安全地帯が聴きたくなる。

昨日もそうで、色々聴いていた。


そういえば、何年か前にテレビで玉置浩二さんがインタビューを受けておられた。

石原まりこさんとの破局の真相なんかを答えておられた。

 

玉置さんがおっしゃるには、仕事に集中すると男と女というものを突き詰める事が出来なくなるとか・・・


でも、恋はいつもしていて、その時その時は、本気で好きなんだと・・・


・・・結婚に向かない人だな・・・
と思っていると、玉置さんのお母様も「アンタは音楽だけやっていなさい。」とおっしゃったらしい。


その時は本気・・・そうだと思う。

あんなに情熱的にお歌いになる方ですもんね。


寂しいし、誰かに傍に居て欲しいけど、大切な音楽に対する気持ちは、それ以上なんだろうなぁ。


子供のまま、素直に大人になっちゃった人。

そんな感じがした。

答える時も笑顔で、悪びれた様子なんて微塵もなかったですし・・・


ショコラ
・・・感じたい 甘い 甘い痛みを
こうしてたい まだ あと少しだけ
抱いてたい 甘い 甘い痛みを
かえさない まだ 今だけはボクのもの
・・・
感じたい 甘い 甘い痛みを
ふたり また ひとつになって
抱いてたい 甘い 甘い痛みを
かえさない まだ 今だけはボクのもの
感じたい 甘い 甘い痛みを
こうしてたい もう このままずっと
抱いてたい 甘い 甘い痛みを
かえさない もう 永遠にボクのもの
・・・


なんか歌詞が切ないわぁ・・・切ない(ノ_・。)

高校の時の担任が歌の上手い先生で、安全地帯もよくうたっておられた。

あの先生も見かけとは違って、きっと情熱的な先生だったんだろうな・・・と最近思う

 

もうひとつ、歌関連ですが先々週から日曜日の朝に始まった「三国演義」を見ているのですが、そのエンディングテーマを歌っておられる方の声が、ものすごく聴き覚えのあるものだったので、お名前を見たのですが


お名前ではわからず、でも、この声は絶対にマクロスFの歌をうたっている人だ!!


と、May'nさんという名前を調べてみたところビンゴでございました\^o^/


スッキリしたー\^o^/

ま かなり特徴のある歌声ですからね


「愛は降る星のごとく」という歌です


気になった方は聴いてみて下さいませー

 

卒業と入学と

自分の子供がそうした季節を迎えるに当たり、自分自身が昔経験した卒業、入学のころを思い出す。
小学校の卒業はほとんどの友達が同じ中学校へ入学することもあり、普通に学年が変わるのと気持ち自体はあまり変わらなかったことを思い出す。

では半数は違う高校へ進学する中学校の卒業式では寂しい思いがあったのかと言うと、受験で忙しかったこともあるが、それだけではなく新しい環境での新しい出会いの胸を膨らませていた自分を思い出す。
こう思うと、昔から人が好きで社交的だったのかもなぁ、と今更ながら思う。

自分自身では自分は人見知りだと、ずっと思っていたのだが、どうやら違ったようだ。

だがしかし、さすがにみんなが離れ離れになってしまう高校の卒業式では号泣して「仰げば尊し」をちゃんと歌うことができなかった。
当時仲が良かった友達の一人に大笑いしながら「泣いてると思ったわ。」と言われたことを鮮明に覚えている。

でも、春になると毎年ウキウキした気持ちになれるのは、生きてきた中で何度となく経験してきた春が、楽しいことのほうが多かったことを証明しているのだと思う。

特に春に出会いがあるわけでもないが、やはり今年もなんだかウキウキする。

だから、今年卒業した子供に尋ねてみた。「卒業したから寂しい?」


「それより、新しい学校が楽しみ!」

やっぱり私の子だな(笑)


今の子供たちは私たちの子供の頃よりも、SNSやLINEなどで簡単に繋がり続けることができるから、余計にそうなのかもしれないけども。


私たちのころは、携帯も無く連絡するには家の電話を使って連絡をするか公衆電話を使うか、友達の家まで出向いて行くしかなかったから、話足りないことは手紙に書いて次の日に学校で渡すなどが当たり前だった。

それもみんなそれぞれの個性が詰まった楽しい手紙だった。
えが得意な友達はその時の気持ちを絵で表していたり、好きなアーティストの唄の歌詞を添えてくれる友達。本当に飽きない楽しいものだった。

LINEやSNSの発達でそうした表現の場が少なくなっているのは少し悲しい。

始めまして初めまして

SNSサイトで日記を書くことはしてきましたが、この様にブログという形で書くのは初めてのことで、少し緊張している。

きっとこんな言葉遣いなのも今だけなんだろうなあ(笑)

 

何か1つの分野でまとめて書いてみるべきなのか、とも思ったけど、そうすると多分、生き生きと書き続けることができないと思うので、特に気にせずに自由に書いていってみようと思う。

 

季節はあっという間に桜の季節。色んなことや物がキラキラして見える季節。

何かとワクワクする季節。

何かと忙しく、見逃すことが多くなってきているからこそ、そうした気持ちを大切にしていきたいと思う。

 

今年の桜も少しでも見に行けるといいなあ。

 

年々桜の開花時期が早くなっているみたいだから、入学式の頃にはすっかり散ってしまっているのが少し残念だな。

 

 

私が通っていた中学校の西側の一部の校舎んぽ横には桜の木があって、桜が散る季節には窓から桜の花びらが教室にひらひらと舞い込んできて、それはそれは幻想的な空間になっていた。

 

あんあに素敵な教室は中々無いと思う。

きっとあの教室では今年も桜の花びらが舞うのだと思う。

 

桜の季節が終わるとやって来るのが毛虫の季節。

虫が苦手な私にとっては恐ろしい季節で、桜の花びらが舞い込んでくるならば、当然毛虫は枝をつたって教室へゆっくりと入って来る。

 

その毛虫が入ってこないように枝を揺らして対抗する同級生たち。

今でも毛虫は苦手だけど、懐かしい情景だ。

 

今ではきっと、早めに毛虫が付かない様に薬などが撒かれて、毛虫と戦う生徒を見ることもないのかもしれないなあ。

 

毛虫は嫌いだけど、あれはあれで楽しい思い出の一つになっている。

この季節だから、多分新しい学年で新しいクラスになったばかりの記憶だと思うけれど、嫌な気持ちは微塵も感じられないから、きっとあのクラスも友達との関係も良いものだったんだな、と勝手に思っている。

 

思い出して笑顔になれる思い出があることも幸せなことだな。

 

思い返してみると、自分に関しては決して回りたい記憶は山ほどあるけれど、それ以外は素敵な思い出が溢れている。

多分、もう一度人生をやり直せるとしても、また同じ「私」でやり直したいと思う。

 

特に頭が良かったわけでも、容姿が優れているわけでもないけど、やっぱり「私」でいいや(笑)

 

いや、「私」がいいや。

 

それはきっと友人や先生や周りの人たちに恵まれていたから。

このことは本当にありがたいな、っていつも思う。

 

それは今でも続いていて、今も周りの人たちに恵まれていて、とっても嬉しい。

わたしもそう思われる人でありたいなあ。